爆落ちメンタルの条件
思えば、不定期に何もできなくなる時があった。
学生時代から全く体が動かなくなることがあり、たいていは気が済むまで何も考えず転がって家事も食事もすべて放棄して延々ニコニコ動画を見ていれば数日後には動けるようになった。
さて、そうもいかなくなったのが社会人4年目のこと。
うつ病の発症だった。
結論から言うと、約半年の休職の後、それまでとは違う部署に復職し、それから数年何とか働き続けることができている。
うつ病の原因が単一ならわかりやすかったのだが、私の場合は複合的に様々な要素が絡まりあっての発症だったと思う。
当時自分でも原因がわからず、この結論に思い至ったのは曇りなき思考回路を手に入れた数年後のことだった。
ちなみに私の不調を見かねて上司に無理やり連れていかれた心療内科では薬を出すだけで、特に根本原因をどうこう、というアドバイスはなかった。自身もわからないのだから仕方がないが、カウンセリングと診療は別物なのだろう。知らんけど。
うつ病の詳しいことはまた別で書こうと思うけど、私の場合「自覚症状」はまず身体に出た。
本当は精神も参っていたはずだが、何があっても「自分が悪い」「私が至らないからこんな目に合う」「世の中なんてこんなもの」と不当な自責と諦めを続けて鞭打ち続けた結果、身体のほうにわかりやすくSOSが出たのだろう。
今思えば先輩からの陰湿なイビリ、苦手な仕事、考え方や趣味の否定、通報事案レベルのセクハラ、上司からのプライベート過干渉。いろいろあった。でも逃げる術を知らなかった。
腹痛や下痢が続き出社できないことが増え、会社に言われ胃カメラや大腸カメラも飲んだが異常なし。ではいよいよメンタルか、と連れていかれた心療内科でうつ病の診断が出て、その日のうちに休職手続きが取られたのだった。
先ほど「自覚症状」と書いたが、外から見ると体調以外にもおかしな点は多々あったらしい。
仕事でありえないミスをするようになったり、叱責されても同じミスを繰り返したり、短時間の会議でも寝落ちたり。ちらりと見えた産業医への連絡書にかなり手ひどく書いてあってショックを受けたのを覚えている。当時自分では自分が努力の足りないポンコツだからミスをする、なんてダメな奴なんだと思っていたが、外から見れば病的であり実際に病気だったのだ。
当時会社が嫌すぎて趣味に逃げ、明日が来るのが嫌で眠気の限界まで作業をしていた。睡眠時間は1日2時間ほど。寝たら明日が来てしまう。くたくたになってバッテリー切れにならないと寝られなかった。こんな生活じゃいくら若くても持つわけないのだが、そうでもしないと正気を保てなかった。生きるために、当時の私は身体を犠牲にしても楽しみを求めた。
さて、紆余曲折あり今は回復したのだが、もちろん再発は嫌である。
心身のキツさに加えて、休職すると本当にお金が無くなって、生きていくのがシンプルに不安になるのもしみじみとキツかった。生きているだけでお金がかかる。家賃も光熱費も税金も流れ出ていく。
とはいえ、ストレスはどう生きていようと降りかかる。大事なのは、自分の不調にいかに気付けるかだ。小ダメージのうちに不調に気付き、手遅れにならないうちに逃げの一手を講じる。反撃の機会をうかがうのは逃げた後。虫歯なんかと同じで、ちょっと痛いくらいで治療すれば時間もお金も少なく対処できるが、気付かないふりをしていれば神経を抜くような手遅れ状態になりかねない。
様々なことが幸いし、復職後は元の職場と人間関係から距離を置くことができた。しばらくは比較的平穏にやってきたが、昨年再度不調の兆しを捉えた。
「仕事に行きたくない」
朝、身体が動かない。目が覚めても「仕事に行きたくない」のたった一つの感情が心身を支配する。それ以外のことを考えられない。なんとか始業ギリギリをせめて出社するも、仕事を始めるとパフォーマンスの低下を感じる。
まず、あんなに得意だった分析資料が作れない。複雑なことが考えられなくなっているのだ。たとえるなら低スペックのPCに無理やり大容量の処理をさせている、というのがしっくりくる。「脳にもやがかかる」とはよく言ったものだ。本当にその通りの状況というほかない。
感情の起伏も激しい。すこしの引っ掛かりが受け流せない、怒りや不機嫌がにじみ出てしまう。普段なら相手も大変なのねとかこういう性格だからな、くらいに思っている、些細なことについてでもだ。
帰ってくると、上記の通り大したことが出来なくなっているにもかかわらず毎日疲労困憊で、食事の途中で寝落ちたり、シャワーの後髪の毛を乾かす気力もなく倒れこむ。電池が切れたように、不自然に眠ることが増えた。睡眠時間を増やしたり、栄養剤を飲んだり、普段なら疲れに有効な対処法も効果がない。
変だ。
そして私はこのコントロール不能な状態異常を知っている。うつ病…
一度うつ病になったことを代償に、他人のうつの兆候にも自分のうつの兆候にも気付けるようになっていた。闇魔法の代償を得た気分である。笑い事ではない。
今回の原因は、人事異動で私の仕事量や意思決定が増えたうえ、門外漢な仕事も積み上げられていること、新上司が半年以上承認案件を自分のところで止めていて何度フォローしても進まないこと、そして何よりもちょうど第五波が来ていた最中、在宅ができる業種なのに上申しても「私の部だけ上司の方針で」許可してもらえないことだった。「会社の目標はO割出社だから、ほかの部が多めに在宅を取るならうちの部はバランスをとって少なめにする」と。部下の命と健康をゴマすりに使うのか。上司達への不信感と健康への不安は最高潮に達していた。
ひとつひとつなら何のことはないはずが、重なり合うことで追い詰められていた。
「こんなことで心療内科に行っていいのか」「また長期の服薬が始まるのか」「ここでうつになったらまた入れる保険がなくなってしまう」などとグルグルしたものの(もうこの思考自体が兆候なのだが)、最終的にこう思った。
「薬を飲んで楽になれるなら楽になりたい。助けて」
しかし病院に行っても前回のように診断書と薬を出されて終わりかもしれない。薬が欲しいのは休むためではなく、服薬しながら働けるなら働きたいのだ。前回より軽症なのは自分でもわかっている。前回の休職は人生の長期休みであったが、再度やるとなると失うものも多いのだ。命には代えられないけど。
本当に話を聞いて診断してくれる病院はないものか。地を這う体で検索してオンラインの有料カウンセリングサービスにたどり着き、臨床心理士の先生に相談の予約をした。
そこで言われたのは、このサービスの性質上診断書は出せないが、おそらくは「脳疲労」。うつ病の手前的な状態だ。
ストレスが過度にかかっている状況であること、さらに食事や家事の途中でも電池が切れたように倒れこんで眠ってしまうことからの判断だった。
満員電車での通勤の恐怖や、上司への不信感などで、私の脳は今「職場は危険な場所」と感じている状態。外にいるときは臨戦態勢で緊張しており、家に帰るとその緊張が切れる。その緊張とリラックスの落差があまりにも大きいと、PCを強制終了するように脳がシャットダウンされてしまう。処理落ちみたいな状態だろうか。それが続くと脳への負荷が極大になっていくのは確定的に明らかだ。
先生からのアドバイスはこうだ。
まずは会社に相談し(カウンセリングで言われたと印籠を出してもいい)、とにかくストレス源から離れること。
私の場合は1週間ほど長期で有休をとったり、健康理由で在宅を増やしてもらうこと。そして相談したのに会社が動かないなら、それは雇用側の義務に違反するということ。
翌日意を決して上司に相談し、私の在宅増はあっさり許可された。皮肉なことにうつ病経験者であることが説得力を増したのだろう。再発したら管理者の責任も問われると聞く。最低な状況に置かれたら誰でもなるけどね。
一番のストレス源だった出社と通勤から距離を置いたことで、私は段々と回復した。
経験から言うと、うつになると回復や復帰はかなり大変なので、出来れば「なんか変」の段階でストレスから距離を置くことが重要だ。思えば学生時代から度々何もできなくなるのも一種の脳疲労だったのかもしれない。
「何かが出来なくなること」「仕事に行きたくなさすぎること」「異様に疲れている」これらは頑張りが足りないんじゃない。普段ならありえないことで、言うなれば状態異常だ。
「自分の頑張りが足りない」という考えは鬼門。何かがおかしい時はもう限界だ。
今回私はうつになる前、脳疲労の段階で対処ができた。
しかし脳疲労も中々にしんどいもので、できればその前の「ちょっと変」くらいの段階で何とかしたい。
そこで自分が何につぶされがちで、何で回復する傾向にあるのか、それを探っていきたいと思いこのブログをメモとして立ち上げた。これから少しずつ書き溜めていく予定である。